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読書をしながら、子育てしながら、お仕事しながら、人間の内面についていろいろ考えたりする毎日

小学校3、4年生の反抗的な態度

先日上の子の態度の悪さが「もっと自分でやりたいのにうまくいかない」からかも、と気づいて、自分でできるようになる練習をはじめた話を書きました。

 

milkaddict.hatenablog.com

きっかけは他の2年生の親と話していて、他の子も割と同じように「よいこでない」態度をとってるらしい、と気づいたことでした。

 

いろいろ調べたところ、増田修治さんの秀逸な記事があることを発見。

 

enfant.living.jp

 私が小学校教師をしていて、一番おもしろいと思ったのが、3年生の担任でした。まだ、低学年の幼さを残しながらも、「自分でやる!」「僕や私の考えは、こうなんだ!」と一生懸命“自分で出来る”アピールをするのです。そのギャップが本当に笑えるほどでした。

 

この、こどもをユーモアでおおらかに包む姿勢が最高です。

 

そうした低学年の子どもに比べて大きく違うのは、自分なりの理屈で言い返してくるということです。例えば、「宿題しなさい」と言えば「今やろうとしてたところなのに…。見てて分からないの?」とか、「どれを先にするかが自分にはあるから、その順番でやっているの。宿題は、2番目!」などと言われてしまうのですから、なかなか手強い存在になってくるのです。

 

それでいて、自分でやってみると、うまくいかないことが多く、自分が出来ると思っていたことと実際に出来ることとのギャップに気付き、つい言い返してしまうのです。

 

まさに!そんな感じです。

 

うちでは、いまこどもが自分でやってみる試みとしてスケジュール管理やごはんの支度などを自分でやる練習をしています。

 

スケジュール管理はいわゆる「宿題やったの?」とか朝の「いつまでテレビ見てるの?」みたいなことをいうのをやめることが目標です。

 

でも、いきなりうまくはいかないだろうから、あくまで練習ということにしています。

 

「もうお母さんが何時だよーとかなんの時間だよーといわなくてもだいじょうぶ?自分でやってみる?」と話すと「やってみる!」というので、翌日の朝の予定を自分でたててもらいます。「手伝って欲しいことがあったらこれをお願いって声かけてね」といってあります。

 

宿題や翌日の支度に関してはいままでも、自分で計画たてて何時にやるか決めてね、とはいってあったのですが、予定通りにいかない場合が多く、夜までにおわらないと、わたしが「だいじょうぶなの?きー!」となっていたのですが、それをやめて「間に合うように自分で考えてがんばろう」という作戦に切り替えました。

 

ごはんの支度については、少し前からひとりで作りたい!といっていたのに、なにかと忙しさにかまけてお願いできていませんでした。

 

先日、とにかくやってもらおうとおもい、お願いしました。簡単な汁物を作って冷凍のピラフを温めるだけの食事ですが、とにかく家族全員分の一食の食事を用意してもらい、みなでおおいに感心し、美味しいね、助かるよ、といって食べました。

 

今回、反抗期というものについて大いに考えさせられました。

 

思春期の反抗期も激しい場合とあっさりの場合とあるのはどういうことだろう? とかわたし自身の思春期の親とのぶつかり合いは激しかったから、この子たちの時もすごいんだろうか、などと不安に思ったりしていました。

 

でも反抗期って、こどもが自立するため、親から離れるためにあるのですね。

 

それがよくわかりました。

 

イライラされたり、口答えされたりすると、親は嫌な気分になってしまいがちだけど、こどもは「もうそのくらい自分でできるよ、やりたいんだよ」というメッセージを送ってくれているんですね。

 

トントン、とこちらの心の扉をノックして「そろそろ子育てスタイルを切り替える時期ですよ」ってお知らせしてくれているイメージです。

 

目の前の「よい子でない」態度から、そのメッセージを読み取ることさえできれば、「わかった!ぜひ自立して自分でできるようになってね。練習すればきっとできるようになるよ。応援するよ。」という気持ちで親がこどもの自立をサポートできますね。そしてお互いいいかたちで親離れ、子離れしていけますね。

 

子育てのゴールとして、こどもがどんな進路を選ぶとしても、自分で考えて自分で行動できるようになる、自立の力は必要不可欠。お互いにとってよい反抗期にしたいですね。

友達作りの壁

上の子は、小学1年の3学期くらいからずっと友達作りについて悩んでいたのですが、このところ、ひと山超えたのかな?という気配です。

 

悩むといっても、学校の先生に聞くとまあまあうまくやっている風だったので、本人の心の中の話かなという気もしますが。とにかくいろいろ気になる敏感タイプの子なので。

 

先生に聞くと、友達に優しい、困ってる子のお世話やお手伝いをよくしてくれる、といってくださるので、親としてはそれで十分、という気持ちもありました。

 

なぜ悩んでいたかというのも、幼稚園から知っている友達と固まることなく、新しい友達を作りたい、ということで悩んでいたので、前向きな悩みともいえます。

 

1年の3学期では、いろいろな子とぶつかって、どうしたらいいのか悩む、という風でしたが、2年でクラス替えしてからは、それに加えてクラスで新しいお友達を作るにはどうしたらいいか、という悩みがメインのようでした。

 

本人はどうしたらいいかなとおもいつつ、図書室で本を読んだりしていたらしく、わたしも小さい頃から活字中毒なので、まあそれもいいかとおもったり。

 

ただ、困っているなら助けが必要なのかもともおもったので先日こんなことをいってみました。「もし友達作りたいんだったら、学校の休み時間にサッカーしてみたら?」と。よく週末に公園にいって、サッカーボールを取り出して家族で遊んでいると、「サッカー?入れて!」と知らないこどもたちにいわれて一緒に遊んだりするのです。

 

そうしたら、最近学校で実践しているらしく、ひとりでサッカーボールを出して遊んでいると知らない男の子が「おれもやりたい!入れて!」といってくるそうです。

 

また、絵を描くのが好きなので、描いていたらいつのまにかみんなが寄ってきてすごい!上手!といわれたとか、音楽の時間に歌ってたり小太鼓の練習してたらみんな感心してたとか、そういう話をしていました。

 

本人からしか聞いてないので多少大げさにいってるところもあるかもしれないのですが、どっちにしろ自分のことをそんなふうに思えることは素晴らしいとおもいました。

 

それで、こんな風に話してみました。

 

「それはよかったね! なんでかわかる? だって、人は苦手なことや嫌いなことをいやいややっていても、楽しそうじゃないでしょ。あなたは好きなこと、得意なことをやって、心から楽しい!って思ってやっていたから、その楽しそうな感じが伝わって、みんな仲間に入れて欲しいなって思ったんじゃない? すごいね! 友達作りのコツがわかっちゃったね! もうクラス替えしても心配ないね!」

 

 人間関係なんて、大人になってもうまくいったりいかなかったりの繰り返しです。またへこむこともあるでしょうが、ひとつ自分のやり方を開発することができて、友達を作ることに前向きに向かっていけそうだな、とおもいうれしかったです。

「ユニコ」

ユニコ [DVD]

ユニコ [DVD]

 

ユニコの映画は自分がこどもの頃映画館で公開していた覚えがうっすらとありますが、いままで見たことはありませんでした。

 

昨年あたり雑誌の手塚治虫特集を目にして、マンガと映画のDVDを買ってみました。ユニコのマンガの原作は手塚治虫なのです。サンリオの雑誌に連載されていたそうです。マンガはやはり小さい子には向かない感じかなとおもいましたが、DVDは年長や小学生低学年くらいで楽しめるとおもいます。(クライマックスのシーンは結構怖いので、そういうのが苦手なお子さんは要注意です! うちのこどもたちはいまでも怖いところになると「ママ来て!」といいます。)

 

<あらすじ>

ユニコーンのこどもユニコはそこにいるだけでまわりの人を幸せにしてしまうふしぎな生き物。神々はユニコに嫉妬し、西風にユニコを追放させます。西風はユニコをかわいそうにおもい同情していますが、神々には逆らえません。ユニコは神々の命令で西風によってあちらの世界、こちらの世界に運ばれます。いく先々でいろいろな人に出会い、愛し、愛されるユニコ。だれかがユニコのことを愛すると、ユニコはふしぎな力を出すことができます。それによっていろいろなドラマが巻き起こる!

 

せっかく仲良くなった友達と別れなければいけない切なさ、人の悪意のグロテスクさ、といった描写と、ユニコの純真さや愛らしさの絡み合う様子が絶妙で、いまどきのアニメ作品の無菌っぽい感じと一線を画しています。

 

ユニコという作品の訴えていることのなにがすばらしいか、語るのは難しいのですが、自分が得することではなく、誰かを助けよう、役に立とうとした時に、自分で意識していないのに後から振り返ってもあれ?と思うような大きなことをしてしまう時ってありませんか?

 

人助けのニュースなど見ていて「いや勝手に身体が動いて」とか「自分でも信じられないのですが」などのコメントとともに英雄的な行為が紹介されているような、そういう感じです。

 

ユニコはふだんはちっちゃくて無力でただただかわいらしいだけの生き物みたいですが、誰かに愛された時(もしかしたら、それはユニコが愛を感じた時、という意味なのかもしれませんが)気高く大きなペガサスのような姿に変身してすばらしい力を出すことができるのです。(自分の意思では変身できない、というのが肝です。)

 

わたしたちは普段、日常を生き、日々ずっこけたり失敗したりしながら自分の損得を考えて生きる小さな存在でもあるけれど、それと同時にたとえば人間として宇宙にロケットで旅したり、大きなことができる存在でもありますね。

 

そしてそれは大きいことをやってやるぞ、という野心によって成し遂げられるというより、自分ひとりではなく人類全体のことを思って行動する、だれかのために身を捨てて動く、そういう積み重ねによって起こるものなのではないか、なんて。

 

そんなことを思わせてくれる作品です。

小学2年生の子育て

上の子は去年1年生で小学校に入学して、とにかくいろいろな初めてのことに慣らすのが精一杯。それが落ち着いてほっと一息つけると思ったら、2年生は2年生の難しさがあることを実感しています。

 

親のいうことをきかない、とか。ちょっとしたことでぐずぐずしたり癇癪を起こしたり。

 

学校でクラス替えをして人間関係が落ち着かない、とか完璧主義のくせが出てがんばりすぎてる、とかの要因もあると思いますが。

 

最近すごく感じているのは、「ああ、成長しているんだ。この子はもう去年のこの子とは違うんだな」ということです。去年の課題は乗り越えて、また次の課題に向かっているようです。

 

9才、10才という節目に向けて、少しずつ自分でやりたい気持ちが強まっていたり、でも思った通りにできない現実にいらいらしたり、そういうことなんだなとおもいました。

 

あとは、なんでもできるという万能感であふれていた去年に比べて、少し視野が広がって「そうじゃないのかもしれない」と感じているようです。

 

思い通りにいかないこともある、ということが見えてきたというか。

 

そこに気づいてわたしも「あっ」と思ったので、「お母さんにガミガミ怒られるのはいやだよね、そうしたら自分で考えて行動できるように、少しずつ練習していこう。お母さんもあまりうるさくいわないようにする」とお話ししてみました。

 

そして「夏にひとりでサマーキャンプに行ってみる?」と聞くと「行く!」といってきたので、やはりチャレンジしてみたい気持ちがあるのかなとおもいました。サマーキャンプ、去年も提案したけどその時はまだ不安が強くていやといっていたんです。

 

人のお世話が好き、生き物が好き、という子なので自然の中で縦割りで活動するキャンプ、よいかもしれないとおもっています。

 

まだ詳細はこれから検討するところですが、キャンプがうまくいったら記事にするつもりです。

 

子育てって相手が生きていてどんどん成長していくから、親がいままでのやり方のままでいると置いていかれてしまいますね。これはこの子にはできないからサポートしなくちゃ、と思っていることもこどもは実はとっくにできるようになっていたりして。

 

「?」と思ったらきちんと向き合って、どういうことなのか、なにがズレているのか考えて、自分の軌道修正をしていくことの大切さを痛感しました。

 

繰り下がりの引き算問題

上の子が繰り下がりの引き算でひっかかっていたので、しばらく一緒に問題をやったりしていました。

 

先日担任の先生との面談があり、聞いてみたところ「特に心配ない」とのことだったのでほっとしています。

 

それにしても「こどもが繰り下がりの引き算がよくできないようだ」と思っただけで、ものすごい不安に襲われました。

 

たぶん、自分的に「レールから外れた感」があったのかなとおもいます。「ここでついていけなくなると、先々苦労するのではないか」とか、「普通の小学校、中学校、高校、大学というルートには乗れないのではないか」とか。いま振り返ってよく考えるとまったく根拠のないことだとわかるのですが、日本ではわりとみなさんが感じる不安ではないかとおもいます。

 

でもこういう体験をしてひとつ腑に落ちたことがありました。

 

ああ、世のお母さん、お父さんたちはこういう思いをしたくないからあれこれ勉強系の習い事に通わせているんだなと。

 

わたしも思いました。ただ練習すればできるようになるんだから、どこかでやらせてもらったら楽だなって。

 

こんな不安最初から感じずに済むならやらせとけば楽だったなと。

 

先生との面談でも、個人的には感じのいいとてもがんばってらっしゃる先生だったのですが、勉強面で指摘されたことは字をきれいにとか漢字を覚えましょうとか算数のいまの学年で習う内容についてこれるか、ということでした。

 

そういう話を真に受けたら、やはり落ちこぼれないようになんとか式で計算をやらせようとか、まじめな親ほど思ってしまいそうです。

 

でも、目先のことだけでなく、例えば高学年で必要になることはなにか、とかその先で必要なことはなにか、とかゴールまで見据えて全体を捉え、そこからいまやるべきことはなにか、という発想は学校の枠組みや指導からはまったくでてこなさそうです。

 

例えば繰り下がりの引き算をはじめとして計算問題がうまくできないとして、そもそもなんでやるのかわからないから興味が持てない、ということが原因の場合は、別にここでクリアしなくても、お小遣いもらってやりくりするようになれば、必要に迫られて必死でできるようになるということもあるかもしれません。

 

それでなにか困ることがあるのでしょうか? こどもがおとなになるまでにマスターしてればいいのではないでしょうか?

 

もちろん学校側の作業などの問題として、学年ごとに順番にきっちり決まったカリキュラムを仕上げていくようにするのが一番効率的だろうとはおもいますが。

 

全体を捉えてどこが大事なのか把握し、その中で習う順番を入れ替えるとか、好きな教科から集中してやるとか、そういうアプローチじゃだめなんだろうか?と思います。

 

とりあえず算数、数学に関してだけでも、小学校、中学校、高校でどんなことを学んでいくのか、調べてみようとおもいました。

 

そのへんの全体像を親が掴んでおけば、余分なことで悩まなくて済むかもしれません。

TVやゲームとのおつきあいーわが家の場合

TVやゲームなどの刺激をなるべく少なめにする暮らしをこころがけています。

 

ただ、まったくのゼロにするのもおかしな話だし、結局どのくらいまでか線を引くという、そしてそのへんの加減はそれぞれの家庭のライフスタイルやそこの子供の個性によるというはっきりしない話になってしまいますが。

 

それぞれの家庭で試行錯誤して決めていったらいいとおもいます。

 

それで、うちの場合はこうしているという話を書いてみます。

 

わたし自身が敏感系で、家でテレビつけっぱなし、音楽かけっぱなしの生活はきついので、それが前提の暮らしになっています。

 

TV:一応平日1時間まで、土日2時間までというのがなんとなくの目安ですが、その通りにいかない時もありますね。どうしても留守番頼まないといけない時とか。車に乗っている時は、小さいころのドライブでチャイルドシートに乗っていてもらうために移動中はDVDなど見てもいいという習慣になってしまって、旅行や移動の時は多めになってしまったり。そのかわり行き先についたら旅行中はTVや映画は見ないよ、ということになってます。

 

おもしろそうな番組を録画しておいて、それを見るスタイルです。以前は朝が苦手だったので朝だらだら次から次へと見ていた時もありますが、引っ越しを機に、朝は朝ごはん食べ終わってから所定の時間まで(出かける時間の10分前)見ていいルールにしています。

 

録画するのはこどもと相談して決めたり、親が選んで録画しておいたりです。NHKEテレの番組がメイン(ノージーのひらめき工房、ワシモ、キッチン戦隊クックルン、ピタゴラスイッチ、ムジカピッコリーノ、スマイル!など)ですが、民放のものもいくつかあります。ドラえもん、アバローのプリンセスエレナ、アンパンマン笑点、くらいかな。

 

プリ◯アは流行っているけどいまのところ録画していませんね。あの、番組全体がおもちゃやグッズの販売に直結している感じがちょっと苦手です。たまにミュージカルとか映画見に行くことはあります。そのくらいでも特にお友達付き合いに支障が出ることはないようです。

 

そろそろニュースくらいはつけて社会のことについて話し合ったりしたいのですが、敏感タイプの上の子が犯罪のニュースを目にすると泣き出したりしていたことがあり、タイミングいつかなと思ってまだ実行できてません。

 

また、この先ずっとこの番組だけ、ということはもちろん現実的じゃないとは思っています。そのうちお友達から聞いて「これは見たい」とかいってくることが予想されますが、それはその時に徹底討論で、うまくわたしを説得できれば見てもいい、みたいなそういうイメージを持ってます。できればプレゼンとかしてほしいですね(笑)。

 

youtube:これもいろいろな考え方あると思いますが、わたしはひとつみるといろいろオススメしてくるあのシステムがいやで。いやというのは、その中にこどもがみるべきでないアダルトコンテンツぽいものやその他わたしがこどもに見せたくないとおもってるのが入ってくるのがいやなんですよね。なので、こどもがこの歌かけてとか言ってくる時に、それだけ見せて、他のものは見せないみたいなスタイルにおちついてます。例えば運動会のダンスの練習したいとか、そういう時には大活躍です。

 

ゲーム:いわゆるDSとかスィッチとかのゲーム端末はおいてません。iPadに簡単なゲームが入っていて、所定の時間内にすることはあります。

 

上の子はお友達の家でWiiをやってみて、もっとやりたいみたいですが、いまのところその飢餓感を家でパパとする簡単プログラミング遊びの方に向けてなんとかなっています。Eテレの「Why!プログラミング」のサイトがよくできていて、スクラッチを使った簡単なプログラミングのコードが公開されているので、本人はそれをちょこちょこいじって、簡単なゲームを作った気分を味わっています。

 

お買い物や家のまわりの環境:実は以前は近くに大きいイオンがあるところに住んでたのですが、ゲームセンターが入っていて、そこにたむろする小学生たちの雰囲気の悪さがちょっと気になっていました。いま住んでるところはあえて近くにショッピングモールがないところです。わたし的にこども用品のお買い物がちょっと不便な面はありますが、ちょっと出ればいいことだし、ネットもあるし、困るほどではないです。家のそばには個人商店がいくつかあり、こどもにお使いにいってもらうのにちょうどいいです。なので、ショッピングモールはたまのお楽しみという感じになっています。

 

本とマンガ:以前にも紹介した童話館から上の子向けの本が毎月一冊届きます。あとは一緒に図書館行ってどさっと借りてきます。少し遠いけど児童書のセレクションが素晴らしい図書館にもこどもと行くことがあります。家には基本こども向けのマンガはおいてないですが、上の子は伝記マンガを学校の図書室で借りて読んでくるなど興味があるらしいので、頼まれて図書館でそういうのを取り寄せてあげることはあります。わたしの手塚治虫マンガ「ユニコ」を借りてパラパラ見ている時もあります。これはけっこう大人向けっぽいところもあるのですが、ユニコのアニメ版のDVDを見てはまってたことがあるので、それでだとおもいます。

 

もっとおおらかにやってうまくいってるお家もあると思うのですが、うちはいまのところこんなふうです。成長に合わせてその都度見直していくつもりです。

わかったり、わからなかったり

自分の方向性について、少し前まではわかっているつもりだったのですが、やっぱりわからない...と感じています。

 

わかっていた時の自分を思い返してみると、「なにをわかっていたつもりなんだろう」とふしぎな気持ちになります。

 

まあ、時々はわかってるつもりにならないと、前に進むのも難しいのでそれはそれでよいとおもうのですが。

 

わかったり、わからなかったりの繰り返しですね。

 

まあ、いままでの経験上、わからない時期を過ごすことも大切で、アウトプットがないから無駄というわけでもない、とわかっているのでそんなにあわてることもなく、ただわからないなとおもってぼーっとしています。