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読書をしながら、子育てしながら、人間の内面についていろいろ考えたりする毎日

「怒る」こと

シリーズ記事「心を使う子育て」

 

こどもを怒ることについて書きたいとおもいます。
といっても、子育ての専門家ではないので、そういうハウツーとは少し違うと思いますが。

こどもを怒るのはできるだけしたくないけど、怒らないで子育ては無理ですよね。

癇の強いこどもを育てながら、試行錯誤している時、いろいろ試した中で「怒らない子育て」にもチャレンジしたことがあります。

いま考えるとなんでそんな不自然なことを?と思います。

怒らない人間はいないのだから、怒らない子育てなんて有り得ないといまは思いますが。

でもその時は必死でチャレンジしていましたね(汗)。

いろいろな親と子のかたちがありますから、そういうスタイルが適切な場合も、もしかしたらあるのかもしれませんね。

でも、最近のわたしは頭にきたら我慢しないで怒ることにしています。結局怒らないというのはわたしには不可能なので、怒らないというのは=その分ストレスをためてしまって、後でやつあたりしてしまうだけだと学んだからです(汗)。

ただ、怒る時気をつけているのは、そこにいろいろ余計なものを乗せないことです。

余計なものってなんでしょう。それは自分の中の不安だったり、被害者意識的なストーリーだったり、思考パターンだったり、日頃の不満だったり。

そういうものがのっかっている時、怒りはすぐに治まらず、形を変えてしつこく出続けます。最初頭にきた事が解決しても、いいがかりをつける、因縁をつける、からむ、そういう感じです。

自分の中のネガティブなものが連鎖して勢いを増し、止まらなくなります。

余計なものがのっかっている時の怒りは長引きます。だから自分ですぐわかります。あまりわからない、という場合はまず自分が怒っている時にいまはどうかな?と感じる練習をしてみるのがいいとおもいます。

「だめでしょ!」と具体的に怒った後ねちねちと引きずらず、こどもと笑顔でくすぐりっことかできるくらいなら問題ないと思います。


例えば

この子またピーマン残して(栄養失調になったらどうしよう、大人になっても好き嫌いが多かったら苦労するのでは)

こどもが片付けをいやがる(もう、わたしばっかり片付けさせられる)

こどもがいうことを聞かない(わたしは昔からだれにもいうことを聞いてもらえない)


という感じで、ピーマン残した事に対して、片付けないことに対して、反抗する事に対して注意する、だけじゃなく自分の中のネガティブな思いがのっかってしまうのです。

普段から自分の内側を見つめて、ネガティブな思いをためてないかな?ってチェックすることも大事ですね。自分を責めたりすることなく、ただただ、自分の内側になにがあるのかな?とぼーっと眺めるといいとおもいます。心のお掃除ですね。

後は怒っている時に自分の内側にセンサーを向けて、本当に子どもに注意してるだけなのか、自分の中のネガティブな思いをぶつけていないか、感じることが大事です。


そこにさえ気をつければ後は完璧じゃなくてもいいと思うのです。

人間、疲れている時も機嫌が悪い時もあるので、多少理不尽なことで怒ってしまうことはあるし、感情的な怒り方の時も多少やつあたり気味の時もあります。

でもそれはたいした割合ではないだろうし、こどももバカじゃないからそのくらいわかるだろうと信頼しています。あまりいつも正しく怒らなくてもいいことにしておいた方がお互い気楽です。

あとは、自分が怒った事で後からそれが事実誤認だったと気付いたら、「さっきは怒ったけど、本当は違ったね、ごめんね」っていえたらいいですね。そのへんも素直に謝れないときはちょっとイエローカードだなって自分で思ってみるといいとおもいます。