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Follow your bliss

読書をしながら、子育てしながら、人間の内面についていろいろ考えたりする毎日

ほわっとしたい

シリーズ記事の更新も終わり、やっと2017年初めの記事を書いています。

 

昨年はいろいろ新しいことを始めて、少し慌ただしかった1年でした。おかげさまで年末年始はゆっくりして、今年はブログの更新もゆったりマイペースでやっていければと考えています。

いまのところ週に1本くらいの記事にプラスαで軽い記事が入ったり入らなかったりという感じで考えています。

 

タイトルにもかいた「ほわっとしたい」ということなのですが、まだ自分の中ですっきりまとまってないのですがとりあえず書いています。

できるだけ生活はシンプルをこころがけて、不要なことはできるだけしないように工夫しているわたしですが、ついつい心に余裕がなくなりばたばたとしてしまいます。主婦という仕事は家庭内のマネジメント的なお仕事が多いですが、ただ淡々と仕事をするにとどめるべきところを、つい境界線を踏み越えてなんでも思い通りにしないと、という強迫状態になりイライラしてしまったり。もしかしたら会社勤めで管理職をされている方にも共通することかもしれません。マネジメントしているつもりで管理になってしまいがちというか。「わたしがなんとかしないと」という意識になりがちです。

そういう時、自分の感覚としては「ぎゅーっと」しています。融通がきかなくなります。ドナドナの売られていく子牛じゃないけど、「辛い」気持ち。選択の余地がなく、いやなことをさせられ続けている感覚。


論理的思考が強くなる感じにも似ています。

いろいろなケースを想定して予定をたてる。その予定を意識してそれをなぞるように生きてしまう。

まあ、現実を生きる上で、予定をたてることもto do リストや買い物リストを作ることもせざるを得ないですが、よく考えて見ると生きることは予定表ともリストとも別物なんですよね。

 

例えば生まれたてのふわふわのひよこみたいな存在として、ああ、風が冷たいけど気持ちいいな、とかこっちの方は陽が当たってきもちよさそうだから歩いていってみようかな、とか、水たまりでばちゃばちゃしよう、とかそういうことを大切に生きたいなとおもった、というのが「ほわっとしたい」ということばでいいたかったことです。

 

こどもを見ていても、そういう生き方が正しいんだろうな、とおもうのです。

 

決してかちかちに武装していきているわけではなく、ふわふわな状態で傷ついて、泣いたり困ったり毎日していますが、親にその気持ちを聞いてもらってすっきりすると、次の日は元気になって、くだらないギャグをいって心の底からケラケラ笑っています。

 

これが生命力だなって思います。

 

予定表やto do リストを手元に持ちつつも、わたしはリストの消化マシーンじゃないぞ、自分にといいきかせて、ちょっと寄り道したり、ひなたぼっこしたりする時間や心の余裕を大切にして、流れに任せて新しい年を過ごせたらいいなと考えています。

 

今年もよろしくおねがいいたします。

 

そしてみなさまにも「ほわっと」した瞬間がたくさん訪れますように。