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読書をしながら、子育てしながら、人間の内面についていろいろ考えたりする毎日

「あたし研究」→レンズーリの全才能ポートフォリオ

レンズーリの拡充学習について記事を書いたところ、さっそく虹色教室やマイコー雑記さんで紹介していただきました。

 

ありがとうございます♪

 

blog.goo.ne.jp

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どれもおもしろく勉強になる内容なのでぜひみなさんご覧になってみてください。

 

わたしはこれからレンズーリの本を読んで、どんなことができるか考えるところで、まだ全然追いついていませんが、ぼちぼち試行錯誤しながら記事を書いていきます。一応予定としてはレンズーリの拡充学習についての記事を書いて、それからどんなことをしたらいいかのアイディアややってみた記録など書いていくつもりです。

 

さて、こんな本を読みました。

あたし研究

あたし研究

 

 

スカイさんのブログで紹介されていた本です。自閉症スペクトラムを持つ作者の方が、イラストで、日頃どんなことで困るのか、図解している本です。

 

「ちょっと待ってて」といわれると、ちょっとがどのくらいの長さかわからなくて困る、 優先席は描いてあるマークと同じ状態でない人は座ってはいけないとおもっていた、服のタグはとらないとひどい肩こりや頭痛に悩まされる、など。

 

自閉症スペクトラムの場合、困っていることが表にあらわれないので、こんなふうに困っている人がどう感じているか、しかもイラストでわかりやすく伝えてくれるというのは、関係者の人にはとても役立つことだとおもいます。

 

そこでおもったんですよね。「あたし研究」、これは誰もがやったら役に立つのではないかと。

 

自閉症スペクトラムの人でも、人によってきっといろいろなケースがあるのだろうし、ADHDの人もいるし、発達障害がない人だっていろいろな人がいる。

 

それぞれに心のくせとか行動のパターンとか身体的特性とかよく観察すればあるとおもうのです。

 

わたしの場合、「敏感さ」という特性があります。

 

HSP(Highly sensitive person)という考え方はエレイン・アーロンという方が提唱されていて、本も何冊か出ています。

 

発達障害とはちょっと違って、人より感受性が豊かで刺激に弱い特性を持つ人がいる、という考えです。

 

わたしの場合、ざっくりといって人の多いところ、音のうるさいところ、光の多いところに行くとすぐ疲れてしまいます。また、疲れやすく、体調を崩しやすいです。気をつけてケアするようにしています。

 

その代わり結構特技もあるので、それを生かして生きてきた、という感じです。文章を書くのも特技のひとつかもしれません。

 

ただ、エレイン・アーロンさんの考えには、うなずけるところもあるけど、自分にはちょっとあてはまらないところもあるなと感じています。

 

また、敏感さとは別の特性から来ている特徴も、自分の中にはあるかもしれません。

 

だけど、「あたし研究」ということばに出会って、そうかとおもいました。

 

自分をあれとかこれとか分類しようとするから疲れるので、自分を研究すればいいのです。世界のどこにもいないわたしを研究すればいいのです。

 

これから時々自分研究をしていこうとおもいます。

 

自分がどんな特徴を持っているか、分析するといろいろ工夫できるし生活が便利になりそうですし、他の人にも説明しやすくなりますね。

 

と、ここまで書いたところで、レンズーリの全校拡充モデル(SEM)の話につながっていくのですが、レンズーリは「全才能ポートフォリオ」ということをいっているようです。

 

例えば、いま学校で評価される才能ってほんの少しですよね。

 

教室でじっとしずかに授業を聞いていられるか、とかいわゆる教科書にのっているような学習を理解できるか、とか。

 

また、いわゆる教科の学習についても、その時興味のある分野を自分のペース、その時必要な速さで学習することはまったく認められていない。

 

ビジネスの才能、営業の才能、分類不可能な新しいことを考えついて熱中する才能、創造すること、人生を楽しむ楽天性、などなどそこからもれているものがたくさんありますよね。

 

1人の人が持っている才能全体を球と考えたら、いま日本の学校で通知表についたり、そうでなくても先生が認めてくれるようなよい部分って何パーセントくらいでしょう?5%、1%? 地球儀でいったら日本くらいのほんのちっぽけな部分な気がするのです。

 

世界のどこにもない個人の特性を研究し、それにあったやり方でその人の独自の才能を伸ばす、これができれば最強ではないかとおもいました。

 

 上記の虹色教室より引用してご紹介します。(わたしもレンズーリを研究したいのですが、まだレンズーリの本を取り寄せ中で読めていないのです。どうも絶版のようです。引用が多くなりすみません。)

 

レンズーリは、
「すべての」子どもに、広範囲の高度なレベルの拡充の経験を提供する。

そういう経験への多様な「子どもの反応」の仕方を、
個人や小集団としてフォローアップをするための足がかりとする。

という新しい教育のあり方を提案しています。

こうした考えを取り入れた海外の学校では、

子どもの能力、興味、学習、表現スタイルの好みについての情報を体系的に集め、「全才能ポートフォリオ」という形で記録しているそうです。


全才能ポートフォリオでは、小学生であっても
興味の分野の欄に、
工芸、演劇、販売、経営、物理、作曲、コンピューター…といったものまで書き込まれています。学校は自分たちのする授業でだけ子どもを評価するような
偏った子どもの見方をしていないのです。
先生が絶えず子どもの得意な分野に関心をしるして、情報を収集し、情報を更新しています。

また、思考スタイルは
分析的
創造的
実際的
立案型
順守型
評価型
のどれにあたるのか、よく観察されていて、
日本では無視されるような創造的発明的に考える子や、
日常知恵が働く実際的な考え方なども尊重されています。

表現スタイルは
文書発表
口頭発表
工作
討論
展示
演劇
美術
図示
販売
奉仕活動

とその子の個性的な良さが理解される形で
評価されています。

授業スタイルは
暗記.ドリル
友達同士の教えあい
講義
講義と討論
指定された独立学習
指定されない独立学習
学習、興味センター
模擬、役割演技、演劇、指導による空想
学習ゲーム
模倣的レポートやプロジェクト
探求的レポートやプロジェクト
実習
見習い

と、さまざまな授業の中で子どもの様子を評価するので、
大人の物差しによって子どもが決め付けられた評価を受けて
そのために勉強が嫌になっていく…ということがないのです。

そうした教育や子ども観を一部でも取り入れた学校…
…すてきだなぁ~!
と思いますよね。
きっと自分はだめな子なんだ~と思い込んで
勉強嫌いになる子はほとんどいないと思います。

でも日本の学校でこうした柔軟な教育が受け入れられていくのは
難しい~とも感じてます。

せめて親は
これくらいさまざまな視点から
子どもの能力や才能を見てあげたいですよね。

学校や塾の成績や授業態度で子どもの能力を決め付けるなんて
ばかばかしいです。

ひとりの人というのは
本当に多彩な才能を秘めた複雑な存在なのですから…。