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読書をしながら、子育てしながら、人間の内面についていろいろ考えたりする毎日

「モアナと伝説の海」

ディズニーの新作アニメ映画「モアナと伝説の海」を見てきました。

 

www.disney.co.jp

テーマからいったらもっと深い内容でもよかったかな、とちょっと思いますが、影響力のあるディズニーが、いままでの白人の細いプリンセスが恋愛する流れからポリネシア(ハワイ、フィジー、ニュージーランドマオリなど)の文化を大幅に取り入れ、かつ破綻してない映画を作ったというところで素晴らしいチャレンジです。

 

主人公の女の子、モアナと島の自然や海とのふれあいも美しい映像で描かれ、またモアナが葛藤しながらも自分の意思で海へ航海に出るというストーリーは、女の子がジェンダー(女の子は女の子らしく、というような伝統的価値観)にとらわれず、やりたいことをやるんだ、というイメージを持つのにぴったりです。

 

主題歌「どこまでも~How Far I’ll Go〜」がまた素晴らしいです。覚えてこどもと一緒に歌いたいです。

 

www.youtube.com

 いろいろな意味で「アナと雪の女王」があれだけヒットしていまでもこどもに人気、ということを踏まえて製作された映画なのではないかとおもいました。

 

アナと雪の女王では、白人、プリンセスというディズニーのプリンセスストーリーの王道を引き継ぎながら、エルサという魅力的なキャラクターを作り出したというのが革新的でしたが、それが受けたことでそっちの方に大きく舵を切ったのかなとおもいます。

 

また、アナと雪の女王でもサーミ人という北欧の少数民族の歌が印象的に使われていました。

 

エルサがあれだけたくさんの人の共感を呼んだことには自分なりに思うものがあります。エルサの持つひっかかりの部分が現代を生きるたくさんの大人やこどもの中にあるものだったんじゃないか、その歪みを跳ね飛ばして自分らしく生きようと力強く歌うエルサにみな共感したんじゃないか、と感じています。

 

エルサの持つ「なんでも凍らせる力」という、いい方向にも悪い方向にも使える力を、小さい頃アナを傷つけてしまった事件をきっかけに、両親が悪いものだと捉え、隠し、抑える方向で問題解決してしまったため、両親の死後もエルサはその思い込みにとらわれ、その力を隠し続け、そのために妹のアナともコミュニケーションをとれず孤独に悩み続けます。エルサが女王になる戴冠式の晩についにその脆く危ういバランスは崩れ、隠し続けてきた力は解き放たれ、人々の好奇の目に追われるように山に向かい、あの「Let it go」という歌になる。わたしは街や城を離れて山で自由に好きに生きて行く、この氷の力と共に、という感じでしょうか。

 

こどもが本来持っている特性はいいもわるいもなく、どちらにも使えるものです。でもいま大人が底の浅い価値観で判断し、見栄えのいいこと(学校の成績がいい、スポーツができる、明るくはきはきとしている、強くて手がかからないなど)以外は否定して認めない風潮が広くあるのではないでしょうか。たくさんのこどもがなにかおかしいなあと思いながら、窮屈だなあとおもいながら生きている。

 

公開当時、公園であの歌を1人で歌っている小学生高学年くらいの女の子たちをよくみかけました。いまの自分は本当の自分じゃないと感じていて「ありのままに自分の力を解放しよう」と歌うエルサに共感するこどもや大人がたくさんいるのではないかと思いました。

 

モアナではそれほどの親の無理解や抑圧があるわけではないので、アナと雪の女王のような、現代のこどもに共感されるわかりやすいひっかかりがあるわけではありません。

 

だけど危ないから近付いてはいけないといわれている海にどうしようもなく魅かれる気持ち、そこになにかあるという直感を信じて、また村の危機を救うために、反対を押し切ってたったひとりで航海に乗り出すモアナの姿は芯のところでエルサと通じているような気もします。

 

子育て中の親としては、あんな風に親のいうことに逆らってでも自分を信じて行動できるように育ってくれたら本望だなとおもいます。

 

というわけで、アナと雪の女王のようなわかりやすいひっかかりがない分、それほど興行成績は上がらないかもしれませんが、とてもいい映画です。

 

わたしの好きな深さを持ったアニメ映画はミシェル・オスロ監督というあまり知られてない監督さんの作品なのですが、それもまた機会があれば紹介したいです。

 

 

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