Follow your bliss

読書をしながら、子育てしながら、人間の内面についていろいろ考えたりする毎日

早期教育や小さい頃からさせる習い事は必要か?

baby.mikihouse.co.jp

偶然、すてきな記事に出会いましたので紹介させていただきます。

慶應義塾大学医学部の小児科教授、高橋孝雄さんにインタビューしている記事です。環境よりも遺伝子、という切り口で、こどもが本来持っている力を信じる子育てをしてあげよう、ということをおっしゃってます。

 

K:子どもの能力や性格は環境要因よりも遺伝子で決められることの方が大きい、ということはなんとなく理解しました。そうなってくると教育、特に早期教育などの「意味」についても少しお伺いしたいのですが。

高橋先生:教育環境は重要な環境要因の一つですね。早期に質の高い教育を施すことが子どもの運命を左右すると考えている親御さんは多いものですが、基本的にはそうではないと思います。特定の勉強、科目が得意か苦手かは、教育効果よりも生まれつき決められていることのほうが大きい。これは運動能力にも同じことが言えます。

 

生まれつき決まっているのだ、ということは残酷なようにも聞こえますが、親が狭い了見であれこれしてあげているつもりのこと(早期教育や習い事など)がもしかしたら見当違いなことのかもしれない、と気づくきっかけになるかもしれません。

 

K:うーん、親としては早いうちからスポーツなり、勉強なりをさせれば、それだけ先行者利益を得られるというか、メリットが大きいかなと思っていたのですが…。

高橋先生:親としてやらせてみたいことがあるのなら、是非、やらせてみたらいいと思いますよ。ただし、早くできるようになる、ということはあるでしょうけど、それ以上でもそれ以下でもない…つまり、将来的に結果は大きくは変わらないと思います。2歳から水泳をやっているからといって、親が平均的な運動能力の場合、子どもがオリンピック選手になるかというと、その可能性は低いと言わざるをえません。だから、習いごとを始めた以上は「2年間続けるべし」「週3日はやるべし」などということにこだわらないほうがいいですよ。子どもが嫌がる習い事であるなら、“無理せずやめさせたらどうですか”、“他にやってみたいことを試してみてはいかがですか”と私ならアドバイスします。

 

特にこのように、本人が「やりたくない」と意思表示している場合ですよね。こどもの希望を無視して、親の不安からいろいろなことを押し付けていないか、気をつけたいですね。遺伝子で決まっているのだ、といわれたらほっとする人もいるかもしれませんね。

 

K:う~ん、そんなものですか。やると決めたら、やるっていうのは美徳とされるじゃないですか。親としても「続ける力」を養いたいとも思いますし。嫌がったらやめようというスタンスだと、「意志の弱い子」になってしまうか心配です。

高橋先生:いや、そうすることで意志の弱い子になるということはないですよ。

K:そうなんですか!

高橋先生:ええ、その子の持つ性格や性質も、環境要因よりも遺伝子要因で決まる部分が大きいですから。早くから水泳をやらせたら水泳のオリンピック選手になり、幼稚園のうちに算数をやらせたら数学者になり…ということには普通なりません。ですからスポーツや習い事は楽しみとしてやるのが良いと思います。意志の強い子に育てるためにするという考えでは決して良い結果は得られません。ご自分が果たせなかった夢を子どもでかなえようとするのはどうかと思いますよ。

K:耳が痛いです(笑)。でも、自分の夢を子どもに託したくなるものですよねぇ。

高橋先生:子どもにさせずに、今からでも遅くないですからご自分でやってみてください(苦笑)。もちろん、「何が好きか」という嗜好も遺伝する可能性があるので、両親の得意なこと、好きなことを子どもにやらせてみたら、それが向いていたということは十分にありえます。それはいいと思うんですよね。ただ、神様が作った−−−−つまり遺伝子が作った−−−−その子の才能を「無理強いの早期教育」で捻じ曲げないほうがいい。無理をしないほうがいいと思います。

K:その子本来の個性を生かすほうがいいということなのですね。

 

こどもの好きにさせたら意志の強さが育たないのではないか、ということも普通の親が持つ不安だと思いますが、「スポーツや習い事は楽しみとしてやるのが良いと思います」とはっきりいってもらえると安心ですね。

 

 「その子本来の個性を生かすほうがいい」

結局たどりつくのはこのシンプルな結論なのですね。

 

「こどもにやらせたいことがあったらご自分でやってみてください」というのは本当にこどもにとっても親にとってもすばらしいことばだとおもいます。

 

高橋先生:はい。話はまた少しそれますが、私の病院には「学校に行きたくないという症状」の子がやってくることがあります。その子たちには「学校には行かなくてもいいよ」と話します。そしてご両親にも「学校に行かないだけで人生を踏み外した大人を見たことない。社会に出てから仕事に行きたくなくなってしまうことがあるけれど、そういう人のほうが大変な苦労をしているから、お休みしたいなら義務教育のうちにお休みしておきなさい」とお話しします。

K:(追い込まれた)子どもにすればすごく安心できる言葉かもしれませんね。ただ、親はびっくりするでしょうけど。

高橋先生:たいてい驚きますね。でもそんなものですよね。嫌だと思っていることを無理にさせてもいいことなんてないわけです。なるようにしかならないと腹をくくるしかない。そしてそういう状況を悲観的にとらえず、どのようにすれば我が子のためになるか前向きに考えること。子どもさん自身が失った自信を回復できるように、褒め言葉であふれるような家庭環境を作ってあげることが大事だと思うのです。

 

「嫌だと思ってることを無理にさせてもいいことなんてない、なるようにしかならないと腹をくくるしかない」これも心の底から共感することばです。

 

ここから「すべて遺伝子で決まっているとしたら、親にできることはなにか?」 という話になってきます。それは一体なんでしょう?

 

教育で必要なのは上を目指すのではなく「褒める」こと

K:無理に高度な教育を受けさせるよりも、自分の子を毎日思い切り褒めることのほうが大切だということですね。習い事などの環境も最低限用意してやればいいという理解で間違いないでしょうか。

高橋先生:えっとですね…ここも理解していただきたいことのひとつですが、現代の日本の実情を考えたとき、特殊な環境、病的な状態を除けば、子どもを育てる上で足りないものは何もないと思うのです。十分な義務教育が用意され、衛生環境もよく、いろいろな家族形態はあると思いますがほとんどの家庭では子どもたちは大事に育てられている。そのような状況では、環境要因で何か上乗せしないと後悔するというものはないと感じます。最低限のものを用意しなくてはと考えなくても、お子さんとの生活をごく普通に楽しんでいただければ、子どもが生まれつき持っている可能性を阻害することはありません。

K:先生のような方からそう言われると安心します。

高橋先生:やりたいことをやらせておけばいいと思いますよ。小さい頃から勉強させたからといって、将来の知能が高くなるとか低くなるとかいうことありません。何かを変えられるとすれば、自分に自信を持つ子になるかどうかということ。そこは親の育て方、環境要因で差がつくでしょうね。

K:セルフ・エスティーム」、いわゆる「自己肯定感」ですね。

 

 現代子育てしている親たちは、必要以上に「責任」を感じすぎているのかもしれません。だって、もし早期教育すれば賢くなっていい大学に入れる、早くからスポーツの習い事をすればオリンピック選手になる、ということなら、早くからそういうチャンスをあたえることができないのは自分の落ち度ではないかと心配になってしまいます。

 

でもどうやらそうではないらしい。

 

余分な荷物は手放して、この子にはこの子の巡り合わせがある、なるようになる、と考えられたら、おおらかにこどもを見守ったり、時に本人の希望に任せたり、できるかもしれません。

 

そして、荷物を手放して得たエネルギーはどこに使うべきかといえば、そのままのこどもを認めて、自信を持って行動できるようサポートしてあげることかもしれません。

 

高橋:ええ。また、勉強だけでなく食生活についても無理強いは禁物です。最近テレビを見ていると、この栄養素をとってないと知らないうちに恐ろしい病気になる、という番組がありますよね。現代の日本で特定の栄養素が極度に欠乏したために病気になるということはまずありません。特殊な早期教育がなくても子どもたちがすくすく育つように、特殊な食事を工夫しなくても、楽しい食事であれば子どもたちはすくすく育ちます。子どもたちに与えられた“育つ力”です。その原動力が自己肯定感です。

K:冷静に考えるとそうなんだろうなとは思うのですが、メディアで「!」マークつきで、危険を煽られると、ついついそちらに引っ張られてしまいます…。

高橋:なるほど。でも、体に不可欠の栄養素を必要量の2倍、3倍と摂取したからといって、さらに健康になるかというとそうはならない。たとえ自然食品であっても、過剰摂取すれば中毒になることもあります。その意味では、教育も大事な栄養素と同じようなものかもしれませんね。何事もバランスが大切です。

 

こどもたちの持っている「育つ力」を最大限に発揮してやれるようにすることが親の務め。そしてそのためには自己肯定感を高めてあげることですね。

 

高橋先生:ただ僕の個人的な意見は明確です。たとえば早く自転車に乗れるようになった子と、小学2年生でやっと乗れるようになった子の運動神経の差はないと思います。早く乗れたからといって自転車選手になるわけじゃありませんし。つまり「早さ」に意味はない。遺伝子により決められた能力を、(環境要因で)押しつぶすことさえしなければ、必ずそれは必要なときに出てくるはずなんです。

K:“必要なとき”、ですか。

高橋先生:そう、遅かれ早かれ必要なときに、出来ることはできるようになるんです。逆に言うと、出来ないこと、嫌いなことはできなくて良い、自信を失わなくて良い。だからこそ、親としては子どもの「出来ること」「得意なこと」を探してあげることが大切です。それが勉強なのか、スポーツなのか、芸術なのか、それともまったく別のことなのかはわかりませんが、絶対に何かあります。お友だちのことなのに、涙を流して一緒に悲しんだり喜んだりすることができる小学生がいます。それは素晴らしい才能なのです。

K:なるほど。それをやらせて、小さい頃から、「やればできるようになる」という経験を積ませることが何より大事なのですね。

高橋先生:そういうことです。強制したり、根詰めてさせたりしないことです。スポーツでもなんでもそうですが、最初のころがいちばんおもしろいことも多いじゃないですか。そのへんでやめてしまっても悪くないのでは。そして、子どもに自信をつけさせる。すべてのことは上にいけばいくほど困難になりますからね。上級になればなるほど頭打ちになりますから、それはそれで貴重な体験ですが、あまり小さな時から挫折感を味あわせないほうがいいんじゃないかな。子どものうちに成功体験を積んだ人間は強いですよ。「自分大好き」は子どもたちにとって大きな力です。

K:子どもの頃は、上級レベルを目指して挫折感を味わうより、「うまいね」「よくできたね!」とたくさん褒めて「私ってすごい!」「僕はできる!」という気持ちを持たせることが大切なのですね。今日はありがとうございました!先生のお話がよくわかりました。

「遺伝子によって決められた能力」というものを、世の人は才能、と呼ぶのでしょうか。とにかく、それを押しつぶすことをしないことが大事。押しつぶしさえしなければ、それは「必要な時」に発現してくる。

 

これは素晴らしいことですね。と同時に友達と一緒に悲しんだり喜んだりできる、といった非認知能力的な才能も大切にしたいですね。

 

できないことがあることを必要以上に気に病まない、そしてできること、得意なことを探していく、というのは何回繰り返しても足りないほど、大切なことだとおもいます。

 

 こういうあたりまえといえばあたりまえだけど、とても大切なのに現代社会で見落とされがちなことを、子育て中の人たちで共有できたらいいとおもいます。