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読書をしながら、子育てしながら、人間の内面についていろいろ考えたりする毎日

担任の先生との相性問題

小2の上の子の担任の先生は、他の親子から聞くと厳しいと評判なのですが、上の子とはうまくいっているようです。

 

たぶん「(多少厳しくても)強くて明るくて元気」というのが、上の子のいま求めているイメージ、なりたいイメージににぴったりはまったんだとおもいます。あの先生好き!という気持ちで向かっていくし、授業中も張り切ってやっているし、書き取りの字をもっときれいにしようね、と声をかけられたら、最近がんばってきれいに書いています。

 

先生もぴしっとクラスを運営しなければ、というプレッシャーで大変なんでしょうね。

 

先日は「先生、もうつかれちゃったよー」と上の子に弱音ともグチともつかないことばをかけていたようで。

 

上の子は、先生にとってはほっとできる相手なのでしょうね。

 

上の子はどうもそういう特性というか、ほんわか空気を出せるところがあるようで、去年も担任の先生に「◯◯ちゃんは本当にやさしくて、みんなのお世話をしてくれて助かってます」といわれたり、実際に先生のお手伝いや他の子のサポートをしていました。

 

でもこれが一歩間違うと、それこそ鋭敏な感受性故に不登校とかにもなりかねないので、気をつけて見ていないと、とおもいますが。

 

いまの日本の学校システムでは、クラスの中では担任の先生が絶対、という感じなので、先生との相性の影響は大きいですね。

 

人間関係って、だれにでもよい面と人間的欠点があり、人と人との組み合わせ、そしてこちらの態度によって相手のどの面を引き出すかが変わってくるので不思議です。

 

それにしても、担任の先生と合わないと感じるこどもに逃げ場がもう少しあるといいのですが。先生が苦手といっているこどもの話を聞くと、とても他人事には思えず、切なくなります。

 

いやだなと思いながらも少しずつ慣れていければいいんですけど。その子によって適度な負荷というのは異なりますよね。そのへんもっと柔軟に対応可能だといいのに。

 

 

おもいっきりぶつかることの大切さ

虹色教室の奈緒美さん、マイコー雑記のマイコさん、遊びのアトリエのレオさんやワーキングマザーさんたちと、子育てのいろいろについてお話する会に時々参加させていただいています。

 

先日話題になった、「こどもがおもいっきりぶつかる体験」についてのお話がとても興味深かったので自分なりに受け取った内容をメモ代わりに書いてみます。

 

こどもは、時に誰かに思いっきりぶつかりたくなる時があるんだ、ということ。それはケンカをふっかけたり、駄々をこねたりというかたちであらわれる。

 

こどもの中のもやもやしたものが、ぶつかってみたらなんだかはっきりしてくることもある。がんばりすぎ、不安といったものが、ぶつかって吐き出すことですっきりすることもある。

 

こどもがぶつかりたい、と思った時に、ぶつかっていいよ、と胸を貸してくれる大人が必要。ある意味大人が悪者になる覚悟がいる。少なくともこどもと本気でケンカする自分を受け入れないとできない。

 

こどもに対してなんでも「いいよいいよ」、という態度でいることは一見いい人に見えるけれど、それではその人がどんな価値観で生きているかこどもにはさっぱりわからない。それよりも、意見が合わないところがあっても、それをはっきりいってくれる相手の方が、どんな人なのかわかってこどもはほっとする。

 

ぶつかることで関係が揺らぐことがない、と保証されないと、こどもも安心してぶつかれない。

 

大人がこどもとケンカすることを恥ずかしいと思って避けたり、よい親、よい人になろうとしすぎて、裏でコントロールしながら表面的にはものわかりのよい親を演じたりすると、こどもは反抗したくても反抗できず、そのいらいらがやる気のない態度とか、へんにつっかかる態度として屈折して現れる。

 

社会的にも、もっと「大人とこどもが本気でぶつかりあう経験も時に大切だ」という共通理解が広がるとよいのかもしれない。

 

こどもが思い切りぶつかってネガティブな感情を表現してすっきりする体験をたくさんすると、こどものメタな視点が育って自分を俯瞰してみて、励ましたりすることができるようになっていく。

 

などなど。

 

 こちらの記事の内容を糸口に話が広がっていきました。

 

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水筒のホルダー製作

こどもの水筒、本体は丈夫でまだまだ使えるのですが、布製のホルダーだけぼろぼろになってきて、なんとかしないと、と思っていたら、とうとう穴があいてしまいました。

 

百均でペットボトルホルダーを買ってきて、肩にかけるひもだけつけると楽だよ、と聞いたので探してみましたが、わが家の水筒にサイズの合うものが見つからず。

 

ネットで作り方を調べ、家にあったキルティングの生地で、折マチの底でなんとかケースを作り、百均で肩掛け用のひもを買ってきたのですが、アジャスターなどの部品が手に入らず。仕方ないのでいままで使っていた穴あきのホルダーから部品を取り外して利用し、なんとか完成させました。

 

いつもながら、縫い目とか仕上がりは粗いので、決して自慢できる出来ではない上、あり合わせ故に色合わせもめちゃくちゃなのですが、あるものでなんとか作ってしまう才能はあるのかもしれません。

 

ちなみにお裁縫歴はほとんど家庭科のみで、数年前にこどものプールバッグを作ったところからあれこれ調べながら自己流でやっています。作るたびにいちいち初めてのものがでてくるんですよね。かばんの持ち手のつけ方とか、ファスナー付けとか、長さが調節できるショルダーはどう作るか、とか。失敗しながらやってます。

 

こどもはまだ細かいことは気にしないので「ママはどうしてなんでも作るのが得意なの?」などといってます。よしよし。こどもが喜べばそれでOK。

 

一応、わたしの中で「なんでも買うのじゃなく作ったりあるもので工夫できるということを教えたい」というコンセプトで下手な手芸をしているのでその意味では大成功です。

 

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「大どろぼうホッツェンプロッツ」

低学年向けおすすめ児童文学です。

 

大どろぼうホッツェンプロッツ (新・世界の子どもの本―ドイツの新しい童話 (1))

大どろぼうホッツェンプロッツ (新・世界の子どもの本―ドイツの新しい童話 (1))

 

 

本には中級からと書いてありますが、小2に読み聞かせしたらおもしろがって聞いています。5歳の下の子はこわい!といってます。

 

わたしが小さい頃読んですごくおもしろかったのを思い出して図書館で借りてきました。

 

次はどうなるかわからない展開のおもしろさ、ユーモアのセンス、そしてでてくる食べ物のおいしそうなこと。作者は小学校の教師の経験があるとのことで、だからこそこどもの心を掴むストーリーテリングができる人なのでしょう。

 

魔法使いも妖精もでてきます。登場人物にそれぞれ味があって魅力的だし、細部の描写がしっかりしているので、ファンタジーな要素もすごく真実味があります。

 

あらすじはこんな感じです。

 

ある日カスパール、ゼッペルのおばあさんのところにあらわれた、大どろぼう。大切なコーヒーひきを奪って逃げていきます。警察も手をやく大どろぼうをカスパールとゼッペルの2人が捕まえようと知恵を絞って大奮闘!

 

続きが2冊でています。絶対最後まで読みたくなります。

 

大どろぼうホッツェンプロッツふたたびあらわる (昭和45年) (世界の子どもの本〈21〉)
 

 

 

大どろぼうホッツェンプロッツ―三たびあらわる (1975年) (世界の子どもの本)

大どろぼうホッツェンプロッツ―三たびあらわる (1975年) (世界の子どもの本)

 

 

 

心がぐーんと広がる体験

先日、虹色教室の奈緒美さんやマイコー雑記のマイコさん、遊びのアトリエのレオさん、ワーキングマザーさん、Tomoeさんを中心に子連れで集まる機会がありました。

 

みなさん素敵な記事を書いてくださっています。

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わたしはわたしで感じたことを書いてみたいとおもいます。

 

今回は思いがけず子連れで参加できることになりましたが、レッスンというわけではなかったので、こどもたちは奈緒美先生と一緒に問題を解いたり、パズルをしたり頭を使う活動をしたわけではありませんでした。

 

工作を楽しんだり、ボードゲームをしたりしましたが、あとはただ楽しく遊んでいたといってもいいとおもいます。

 

でも、たとえばマイコさんのところの大きいお姉さんたちとかくれんぼしたりおにごっこしたり、おんぶしてもらったりしてきゃーきゃー盛り上がったこと。

 

最近男の子グループに入るのが好きな上の子が、男の子たちの部屋に入れてもらいたいといったこと。

 

初めてのこどもたちと仲良くなって楽しく遊んだこと

 

偶然が重なって冒険のようなできごとが起こり、そこからみんながいろいろな思いをしたこと。

 

そうしたかけがえのないできごとが、こどもの心をぐっと動かして、心がぐーんと広がるような体験になったと感じています。

 

おおらかな視点で、簡単に善悪を決めつけず、ゆったりとした大人の視線がある空間では、こどもがそうした体験をすることができるのでしょう。

 

そうした体験をしたからって、急になにかこどもの成長に関してお得な成果が得られるわけではないですが、こどもの心がぐーんと広がる、そんな体験は、その後でいろいろな方向にこども自身が成長していく「もと」になるんじゃないかと、感じています。

 

 そんな体験をたくさんさせてあげたい。そのためには、親にはなにができるのかなあとぼんやり考えています。

 

 例えばあまりスケジュールを詰め込みすぎず、友達と遊びたくなったら遊べるようにしておく、こどもが目をキラキラさせてこれがしたいという瞬間を見逃さずに、できるだけそれを叶えてあげる、親の要望を押し付けない、こどもが主体的に動くために必要なスキルを教えてあげる、などが思い浮かびますが...。

 

今年の夏休みはこどもと一緒にお友達も誘っておでかけする企画を考えています。お友達と一緒にゆるくやりたいことをする時間になるといいなと願いながら。

 

牛乳パック→パルプ→紙

下の子の「紙ってどうやって作るの?」というひとことで、そうだ!と思い牛乳パックで紙すきができるはず!とチャレンジしてみることにしました。

 

いろいろ調べた結果、手順としては

 

1 牛乳パックをざっくり切って1時間煮る。その後1時間浸けておく。

2 牛乳パックの表と裏のビニールをはがす

3 2cm角くらいにちぎる

4 水と合わせてミキサーで撹拌

5 漉き枠にパルプを入れて成形し、水気を絞る(うちでは専用の用具がなかったので、ざるとチュールレース生地で代用しました)

6 新聞紙にはさんで足でとんとん踏んでさらに水気を絞り、枠からあけて乾かす

 

こんな感じでやってみました。

 

意外に家にあるものでそれっぽいものができました。ふにゃふにゃのパルプはさわると気持ちいいので水遊び代わりにこどもが喜びました。

 

模様付け、着色は、スパンコールと食紅を使いました。

 

こどもは途中で飽きちゃって、わたしが楽しくなって主にやってました。でも大人が楽しくなにかやってると、こどもも触発されるのか、いつになく2人でごっこ遊びが盛り上がって止まらなくなっていました。

 

でもまあ、なんとなくこんなふうにすると紙になる、というイメージは掴んでもらえたかなと。

 

できあがりはこちら。白いのは最初に作ったため、要領がよくわからず、はしっこにしわがよってます。また、全部ざるで作ったため丸型です。

 

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言い返せるようになったよ!

上の子が、学校から帰ってくるなり「わたしね、◯◯ちゃんとケンカしてきた!」といいました。ケンカ自体はあまりほめられたことではないかもしれませんが、とても誇らしげにいうので「おや?」と思い話を聞いてみました。

 

消しゴムのかすをまとめて持っていたら、その子に「そういうのはいけないんだよ」といわれて、納得がいかなかったから言い返したよ!だそうです。

 

大きな声でちゃんといえるんだよ!だそうです。

 

つい先日も、意地悪なこといわれて、あっかんべーといいながらも泣いて帰ってきていましたからね。

 

またひとつ成長したんだなとおもいました。

 

それが特に感慨深いのは、この子は敏感さを持っていて、他の子の気持ちがわかりすぎてしまうために、乱暴なことばやきついことをいわれた時に、言い返せずいわれっぱなしになることが多かったからなのです。

 

特に幼稚園年長から小1、2の春頃まで、よく「なんとかちゃんにこんなやなこといわれた」という話をたくさん聞きました。

 

こちらはひたすら話を聞いてあげたり、相手を攻撃するのではなく言い返すのにはどうしたらいいか一緒に考えたこともありました。

 

3月くらいに突然サッカーをやりたいといって始めたあたりから、「スポーツが好きで活発な自分」というセルフイメージを打ち出すようになり、服装もスポーティになり、ピンクやフリルは嫌いになり、黒や紺というシックな色を好むようになってきました。休み時間に男の子とサッカーして遊ぶことも増えました。わざとお行儀悪くごはんを食べてみたりなんてことも。

 

不思議だな、と思って見ていたのですが、今日の話でつながった気がしました。もっと強い自分になろうとしていたのですね。いわれっぱなしの自分が嫌だ、変わりたい、という気持ちがあったのでしょうか。

 

そして、春頃に意地悪なこといってくる、と話していた子に対しては、いまあの子元気がないんだと心配して話しかけたりしている姿もあり、やさしくて強い子に育っているなとうれしく感じています。

 

ただ相手と同じレベルで言い返すのは簡単だけど、ぐっとこらえて、でも自分だけ我慢するのではなく、おかしいことはおかしいと主張できる、そんな自分がとっても誇らしかったんだなと思いました。