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読書をしながら、子育てしながら、お仕事しながら、人間の内面についていろいろ考えたりする毎日

人間らしい働き方をしたい

今回仕事探しをしてみて、わかってはいたけれど、ブランクが長い、年齢が高い、子育てや家事との両立の必要などのハードルによる仕事探しの難しさを実感しました。

 

人間らしく適度に仕事がしたいだけなのに、それがすごく難しいのです。

 

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こちらの上野千寿子さんの記事でもいわれているように現在の日本では

 

彼らが考えている女性の活用の仕方は2通りです。正規の総合職として男並みに働かせて使い倒すか、非正規の労働力として使い捨てるか。

 

身も心も会社に捧げて長時間労働と責任を負う働き方と、そうでなければ都合の良い時だけの低い時給で使い捨てのような働き方の両極端の仕事のどちらかしか選択肢がありません。

 

ただ、男性だけがいい思いをしてその特権を享受しているかといえばそうではないと思います。

 

男性だってその両極端の働き方しかない。少数の例外はあると思いますが、一般的にはあまり見聞きしたことがありません。

 

年齢が上がると採用されなくなるのも同じ。再チャレンジのチャンスがありません。

 

男性も女性も、人間らしい働き方をして誇りを持って仕事をし、家事をしたり生活したり、毎日を楽しんだり、家庭を持つ場合は子育てもする、そういう社会はまだ実現していないですね。

 

人間らしい働き方ができる環境が整えば、もっと働ける人は増える、そういうシンプルなことに、政治家のみなさんが気づいてくれるといいとおもいます。

 

わたしも自分なりにどうしたら人間らしい働き方ができるのか、試行錯誤していきたいです。

夢中になれる仕事をするということ

ふと目にした「はいからさんが通る」や「あさきゆめみし」といった作品で有名な漫画家、大和和紀さんのインタビュー記事がとてもよかったです。

 

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なんと大和和紀さんは、漫画を描き続けて50年を超えるのだそうです。なかなかできることではありませんよね。

 

まず、20代は「はいからさんが通る」を連載していて、仕事一色の生活だったそう。でも漫画を描くことが大好きだったからやらされている感覚はなかった。そしてあまりに忙しくて考えるひまもなかった。

 

好きなことを夢中でやれていたから忙しいけれど不満はなかったと思います。

だから、まずは自分が好きなもの、夢中になれるものを見つけることが大切かもしれません。これが、私からの1つ目のアドバイスです。

 

まずは自分が好きなもの、夢中になれるものを見つけることが大切、ということばが説得力を持って響いてきます。

 

次に、私たちが覚えておくべきことは、人生は基本的につらいものなんだということ。人生が幸福な砂糖菓子のようなものだと夢見るのはちょっとどうかな……? 人生は、つらくて、苦しい。まずそう標準設定をしてみましょう。漫画や物語の主人公をご覧なさい。みんな不幸です。それを跳ね返していくから、主人公は素敵なのですよ。

 

「禍福はあざなえる縄のごとし」といいますが、人生は苦難なしには語れないものです。もし、苦難がまったくない人生があるとしたら、その人は幸せを心から実感できるでしょうか。

 

また、なにもかもが自分の思い通りにいくという前提では、がっかりの連続の人生になってしまうでしょう。

 

ですから、人生は必ずしも苦難だけのものでもないけれど、一旦標準設定として「人生はつらくて苦しい」という覚悟で生きることは生きるコツとしてとても大事なことだとおもいます。

 

また、思いもかけないことが起きるのが人生ですが、自分が夢中になれることで人の役に立てる、経済的に自立できる、と考えると夢中になれる仕事をみつけて働く、ということは自分でコントロールできる要素が強いですから、結果的に幸せな人生につなげるために本当に大切なことですね。

 

前に進む

ひさびさにピアノに向かって練習曲を弾いていました。

 

わたしの場合、なにがなんだかわからない新しい曲にチャレンジする時が一番脳が働いて楽しい感じがします。

 

何回も練習していると、弾くのは簡単になってくるのですが、惰性で「前に弾いたことがある」と、以前の体験をなぞるようになって、瞬間の音に集中するのが難しいです。

 

なので、もちろんたくさん練習した曲で、その瞬間瞬間に集中して弾けるよう鍛錬することも大切なのですが、やはりそこにとどまることなく新しい曲にチャレンジしていくことも大事なのだなとおもいます。

 

人生においても、目の前のことをやりきったとき、降って湧いたように次のステージが用意されることがあります。

 

いままで慣れ親しんだ生活の方が、なにもかもわかっていて楽なことは確かだけれど。

 

新しいことにチャレンジするのはエネルギーを使うことなので、時に億劫に感じたりもするけれど。

 

臆することなく前に進み続けたいです。

 

と、そんなわけでわたしのお仕事が決まり、働きながら子育てや家事という新しいチャレンジが始まります。

 

1月、2月あたりはブログの更新が滞るかもしれませんがぼちぼちやっていきますのでよろしくおねがいします。

ねこちゃん事件ー敏感な子の事件簿その1

この間、ふとしたきっかけで、上の子がこの「ねこちゃん事件」のことを思い出して、懐かしいねと話していたのでそんなこともあったなと思いました。その時は大騒ぎだったけど、いまは懐かしいと振り返ることができるくらいになったのですね。

 

うちの子たちは基本的に敏感さを持っており、わたしがどう対応したらいいか全然わからないままに育てた上の子は、小さいころほぼ毎日ギャン泣きしていた過去がありますが、徐々におちついてきて、いまは他の人にはほぼわからないレベルです。もちろん敏感さがなくなるわけではないのですが、小さい頃ほど困ってはいないですね。

 

ざっくり説明すると、乳児の頃は抱っこから下ろすと激しく泣くので、エルゴの抱っこ紐でほぼ1日中抱っこし、あとは授乳服でいつでも授乳できるようにして乗り切りました。

 

満3歳で入園した幼稚園ではしょっちゅう泣いていて、他のママたちに気にかけてもらってる存在でした。

 

ちなみになぜ満3歳で入園したかというと、その時点でわたしの姿が見えないと号泣して止まらない状態だったので、このままではその頃生まれた下の子の育児ができない恐れがあったので、無理を承知で入れざるを得ませんでした。

 

癇癪を起こすとどこでも泣いたり怒ったりして止まらなくなり、道端で寝転がって暴れるなど日常茶飯事で、見知らぬ優しいおばさまがたが親切にあめやらなにやらくださったことなど数知れずです。

 

これから時々上の子の小さいころの敏感さ全開エピソードを、思い出した時に綴っていこうとおもいます。

 

今回はねこちゃん事件についてです。

 

これはこどもが3歳くらいのときの事件です。ねこちゃんというのはぬいぐるみでもなんでもなくて、わたしが使っているホットウォーマーというのでしょうか。ねこのかたちをしていて、中につめものがしてあって、電子レンジであたためて冷えていたりこったりしている肩や腰にあてるというものです。

 

たしかにこどもがねこちゃんとよんで時々話しかけているのは知ってましたが、基本的にはわたしのものだし、目や鼻がついてるわけでもなく、それほどこどもが親しみを感じているとは知りませんでした。

 

そんなある日、そのねこの形のホットウォーマーをレンジで温めていたらへんなにおいがしてきました。焦がしてしまったのです。ところどころ溶けてしまって、においも臭くてとても使えそうにないので、ゴミ箱に捨てました。

 

その後、ゴミ箱を見たこどもが突然泣き出しました。「え?ねこちゃん?どうして?なんで?」と号泣しています。

 

こちらもなにがなんだかわからずパニックです。

 

とりあえず「えっとね、もうこげちゃったからね、つかえなくなっちゃって... 」としどろもどろ。

 

こどもは「ねこちゃんは死んじゃったの?」と容赦がありません。ちょうど死について意識する時だったのかもしれないし、わたしがおもっていたよりも、ぬいぐるみ、お友達として愛着を持っていたようでした。

 

あまりの号泣振りに、こちらも仕方がないので覚悟を決めてつきあうことにして、説明を試みます。

 

「そうだね。ねこちゃんは死んじゃったんだよ。」

 

しかしそこで話が終わるわけではありません。

 

「ねこちゃんは死んだらどこへ行くの?」ときました。

 

こういう時に備えてどう答えるか考えておけばよかった、と思っても後の祭りです。しかも相手は待ったなしです。

 

「ねこちゃんは死んだら天国に行くんじゃないかな」といってみました。

 

でも説明したからといって、本人の悲しみがすぐおさまるわけもありません。わんわん泣いています。

 

「かなしいね」となるべく受け止めてみます。

 

それでも泣いています。

 

泣きながら「もうねこちゃんに会えないの?」「さびしい!」といっています。

 

なので「じゃあねこちゃんにお手紙書こうか」といってみました。

 

泣きながら「うん」というので、内容を相談しながらわたしがお手紙をかきました。

 

「ねこちゃん たくさんあそんでくれてありがとう。天国にいっても忘れないでね」とかそんな感じだったとおもいます。

 

ふうやれやれとおもっていると「どうやったら天国にお手紙届けられるの?」と聞かれました。

 

しまった!そこはかんがえていませんでした。

 

苦し紛れに「きっと燃やせばお空の上に届くんじゃない?」といい、ベランダで燃やしました。

 

ここまで1、2時間かかったでしょうか。

 

こちらがしっかりおつきあいしたおかげか、だいぶおちついてきて一件落着。

 

 敏感な子の対応に、決まった1つの正解があるわけではないでしょうが、実例としていま困っている親御さんの参考になれば幸いです。

 

 うちでは、ありとあらゆる方法を試してみました。怒ってみたり怒らないでいてみたり、失敗したこともたくさんあるのですが、こどもに実験台になってもらいながら、いまこうしたらいいかもとおもうことはあります。

 

それは基本的にとにかくその時のこどもに寄り添って、話を聞くことです。原因がわかることもあるし、わからないこともあるけど。原因がわかればできるだけとりのぞいてあげるようにします。でもわからなくてもその子がいま感じていることを尊重して、大変だねと共感してあげることが大事なのかなとおもいます。

 

いくら寄り添っても、親に甘えてやつあたりしていることもあるのできりがないこともあります。こちらが疲れたら「いいかげんにして」とはっきりいうこともありました。そこは率直に、ひとりの人間として誠実な対応をこころがけました。そうでないとこっちも持たないですし。

 

この子は大人になってちゃんとやっていけるんだろうか?とかどこかおかしいのだろうか?という不安はありましたが、できるだけ不安を押し付けないようにはこころがけました。

 

自分が全てわかっている、と判断を押し付けない、といってもいいかもしれません。そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない、と思う心の余裕を常に持つように。どっちに行くかはこどもに教えてもらうように。

 

そんなことをこどもには教えてもらいましたね。

 

 

 

 

どんな気持ちでお金をやりとりするか

最近仕事をしようかと考えて、いくつか面接を受けたのですが、いろいろな人、いろいろな職場があって考えさせられました。

 

仕事をする、お給料をもらう、というのはお金の流れのひとつだとおもいます。逆にサービスやものを購入する時に支払いをする、というのもお金の流れです。他にも投資するとか貯金するとかバリエーションがありますが、基本的にはお仕事をしてその対価としてお金をもらう、というのと生活のために必要なこと、ものに購入というかたちで対価を払う、の2つがメインだとおもいます。

 

それで、そのお金のやりとりというものに関して、やり方というのでしょうか、どんな気持ちでやりとりするかによって全然気分が違うな、とおもいました。

 

強制型しつけと共有型しつけの記事も紹介しましたが、それにも通じるものがあると感じました。


例えば、搾り取れるだけ搾り取ろう、というお金の引き出し方ってありますよね。弱い立場の相手につけこむ暴力的といってもいいやり方です。例えば消費者金融。例えばブラック企業。銀行のひどい話も聞く事があります。ネットワーク販売とか、オレオレ詐欺とかもそうでしょうか。

 

そこまでいかなくても、企業で結果重視、売り上げの数字重視で仕事をすすめる、ということもあるとおもいます。「儲かればいいんだろう」というような。わたしが以前働いていた時に、売り上げを上げろ、数字を出せ、というプレッシャーがかけられ、かといってそのためのサポートはなく達成の仕方を一緒に考えてくれるわけでもない、といってこちらが試行錯誤することにつきあってくれるわけでもないという状況で非常にしんどい思いをした経験があります。


先日面接を受けた職場は、まさにその時の空気を彷彿とさせるところでした。採用のための面接なのですが、こちらがどんな人間かということには一切興味を示さずに、どれだけ目の前の人材を利用できるかを知りたがっていました。

態度や言葉使いは非常に礼儀正しいのですが、そこで提供しているサービスについてどう思うか、微に入り細に入り質問攻め。挙げ句の果てには「じゃあどうしたらいいとおもいますか?」と聞いてきます。

そのくせ、お金はかけたくないらしく、給与については最後まで口を濁したまま。

だったらこちらに任せてくれるのかと思い責任範囲を聞いてみると、それもはっきりしない。結局は先方の言う通りに動いて欲しいようで、あまり自由に決定はできないようでした。

きわめつけは最後に「採用面接の一環として、企画を出してもらえませんか?」と聞かれたことです。丁寧にお断りしましたが。

結局その仕事についてわたしが理解したことは「この会社の人はこのサービスをどうしたらいいのか見当もつかない。でも問題も出したくない。できるだけ少ないコストで、自分たちのいいように使える人材を探しているが、その一方でその人が問題を解決できるいいアイディアをだしてくれないかと都合よく期待している」ということです。

そうした雰囲気の職場で、心から貢献しよう、役に立とうという気持ちになるのは難しいです。

 

目標に向かって一緒に頑張りましょう、至らないところもあるかもしれないけど、お互い助け合いましょうという姿勢の人たちと仕事をしたいです。

また、いつでも取り替え可能な機械部品のような扱いではなく、あなたのこういう強みを生かして仕事をしてほしい、あなたでなくてはならない、と自分の個性を尊重してもらえたら、とてもうれしくおもって、がんばろうという気持ちになります。

その評価を給与や待遇で示してもらえたらもっといいです。

 

本来人の役に立てるということは喜びのはず。そうした気持ちでお仕事をし、対価としてお給料をもらう、そういうかたちで働く人が増えていくといいですね。

 

できる範囲でいい選択をしていきたいです。

 

「搾り取っていいですか?」とジャブを入れられた段階で、すぐに「そんなの無理です」と断ることも大事だと思います。搾取というのは、される側がそれを許さなければ成立しないはずです。

 

自分がお金を払う時も、例えば応援する気持ちでお金を出す、いくら安くても働く人を搾取するような会社にはあまり出さないようにする、などいろいろやり方を工夫していきたいです。

 

 社会起業ということばもありますが、社会のためになることをビジネスとしてやっていくチャレンジをしている人たちもいます。お金の出し方をよく考えることでそういう人たちを応援することもできますね。

 

きもちのよいおかねのやりとりについて考えさせられました。

幼稚園最後の発表会

下の子の幼稚園最後の発表会がありました。劇や歌を発表する会です。

 

本番を前に家族でどきどき...。

 

下の子は、繊細さと大胆さを併せ持つ性格ですが、人の視線にものすごく敏感、つまり人前でものすごく緊張するのです。写真を撮られるのも嫌がります。

 

歌や踊りは大好きで、家ではミュージカル調でうたいおどりながらごっこ遊びをして、楽しくなるとわたしにタックルしてくるパワフルな子なのですが。

 

年少の発表会のときは、舞台の上で人の視線に圧倒されて辛そうに下を向き、劇でも棒立ちになっていました。

 

年中のときは、なんとか劇でせりふをいったり、動いたりはできたのですが、やはり笑顔がなく下を向いたり横を向いたり、本人もやりたいけどできない...と葛藤しているようでした。

 

今年はわたしも多くを望まず、楽しそうにやってくれたらうれしいけど、本人ががんばっているからなんでもいいや、という気持ちでした。

 

そうしたら!

 

なんと、笑顔で歌ったり踊ったりしているではありませんか!

 

もうこうなったら完成度とかはどうでもいいです。本人が楽しく笑顔でやってくれれば!

 

とても感動したのですが、本人の笑顔を見ながら、わたしも笑顔になっていたみたいで。

 

後でこどもから「終わった後に他のおともだちとお話ししたら、みんなのママは泣いていたよっていってたから、うちのママはずっとにこにこしてた!って教えてあげたの」といわれました。

 

間違えたところもありましたが、てへ!と笑顔でやり直していたので、まあショックで固まってしまうことに比べれば上出来かなと。

 

 年少で、舞台の上で泣きそうな顔で棒立ちになっているところを見た時は、本当にどうしようかとおもいましたが、ちゃんと年々少しずつできるようになるのですね。

 

よかったです。

冬の公園でのひととき

お昼ご飯を食べた後、「きょうはなにして遊ぶ?」 「あれする? これする?」と聞いても「えー」「うーん」と気乗りのしない返事ばかりのこどもたち。

 

なので「わかった!じゃあそこの公園を一回り散歩して帰ろうね」といって歩き始めました。

 

すると、登れる柵をみつけてそこを2人でアスレチックのようにわたり始めました。

忍者の××丸と××丸だぞ!と忍者ごっこに発展。

 

次はいまたくさん落ちている落ち葉が気になりました。なぜか階段に落ちている落ち葉を集めてお掃除に熱中。近所のおじさんに「ありがとうね」といわれるほど。ちょうどいい松の枝がほうきになりました。たくさん落ち葉を集めたら「落ち葉のベッド!」といってねころがりました。

 

その後はどんぐりや木の実を集めてお料理ごっこをしたり、わんちゃんになったりして遊びました。ベンチがバスになったりもしました。道端に座ってお地蔵様に変身したりもしていました。

 

寒い中たっぷり2時間は遊び、もう帰るよというと「えー?」とブーイングが起きました。

 

住むところを選ぶ時に、近所にショッピングモールがあるところじゃなく、いまの自然や川が近くにある場所を選んでやっぱりよかったな、とおもった瞬間でした。