学校に行きたくないといわれたら
上の子に、泣いて「学校に行きたくない」といわれてしまいました。
何回かそういうことをいわれたことがあるのですが、その度に内心かなり動揺します。
なぜかというと、わたしの基本的な考えとして、いまの学校のシステムというものが、わたしがこどもの頃経験したのとほとんど変わらない、自由のない、喜びの少ない場所だと捉えているからです。
つまり、こどもが本気で行きたくないならば、こちらも本気で対応する覚悟を持っています。通えそうな距離のフリースクールのリサーチもばっちりしています。ホームスクーリングについても調べています。
なので、そういうことをいわれるたびに、「またまた疲れているんでしょ」とはいわず、真剣に聞きます。
どのくらいの気持ちでいっているのか、もし本当に限界ならば、いまの学校をやめるのか、やめてどうするのか。
いまのところ、自分の存在が揺らぐくらいに真剣につきあっていると、こどもの方が、けろっと別のことを話し始めたり、後から風邪気味で疲れていたことが判明する、とかで結局小学校をやめる事態には至ってはいません。
卒業までに何回もこういうことが起きるのだろうし、そのうちやっぱり小学校をやめることになるかもしれないし、この先のことはわからないのですが。
でもこどもの悩みに、自分の存在が揺らぐくらいの覚悟で真剣に向き合うことは、その後拍子抜けするような事態になるとしても、やはりとても大切だと思うのです。
無駄ではないと思うのです。
そこまでの覚悟で話しを聞くことで、こどもの心がかろうじて救われる、ということもあるんじゃないかとおもいます。
地震の時の高層ビルみたいなイメージで。
たくさん揺れることで、こどものいろいろな思いを吸収できるのなら、それも意味があるんじゃないかとおもいます。