「不安」という名の妖怪
自分の親が不安発作を起こす話を以前にも書きました。
最近また同じようなできごとを体験したので、それについて考えたことを書いてみたいとおもいます。
他人の起こす不安発作をよく観察していると、最初はぽつりぽつりと口にする不安が、そのうちどっと爆発的にその質と量が拡大するということに気がつきました。
そうなるとそれこそ発作のようになって止まらなくなっているようなのです。
なんでも不安になるようで、ささいなことがすべて不安の引き金となります。
そうなると、「不安」というもの自体に乗っ取られているようになり、普段の人格では考えられないような言動が起きてきます。
論理的でなかったり、時に人を傷つけるようなことを言ってみたり。
口にする不安の中身も「不安のための不安」みたいになってきます。
まるで不安という食べ物をもっともっとと欲しがる生き物がとりついているんじゃないかという感じです。
ユングは、人々の意識は奥の方で「集合無意識」というものにつながっているといっていたと思いますが、ネガティブな気持ちを強く持ち続けるとネガティブな共同幻想のようなものにつながってしまうのかもしれませんね。
敏感さを持つ人間としては、特に気をつけた方がいいなと思いました。
ちなみに、不安を感じた時には「こんな風になったらどうしよう」と不安を否定するよりも、自分の中に不安があることを自然なことだと認め、いま自分はなにをどのように不安に思っているのか、透明に見つめることが大切だと考えています。
「不安なんかないぞ」と見て見ぬ振りをすると、なぜかますます不安が雪だるまのように大きくなっていくのではないでしょうか。
自分の経験からもそう感じるし、不安発作を起こしている親に向かって、冷静なコメントをすると、激高して絶対に認めようとしないので、特にそう思います。
また、常に自分の状態をよく見つめ、いまいったことは本当に自分がいいたかったことなのか、よく観察することで、本意ではないことをいったりしたりしてしまって、自分の大切な人を傷つけるようなことを防げるのではないかと思います。